フルサイズになって気づいたこと

Nikon D7000 から 同 D750 にステップアップして,一ヶ月ちょっと経過しました.既に万近いショットを数えてしまったことですし,いくつか思うことを書いてみます.
ありきたりなことを言ってもしょうがないので,あまり言及されてないことを書きます.似たようなことを言っている人はいなくはないですが….
もちろん,個人の主観に基づくものなので,批判されても困り申す.

APS-C ズームレンズは安いが写りはフルサイズに負けない

しょうじき,フルサイズに来るまで,APS-C・DX ズームレンズを馬鹿にしておったわけですよ.「どうせ DX のレンズだしなー」と.
でも,フルサイズに移行してこの考えは誤りだったと気づきました.
たとえば,

  • DX レンズ:AF-S DX 18-105mm f/3.5-5.6G ED VR (最安値3万円くらい)
  • FX レンズ:AF-S 24-85mm f/3.5-4.5G ED VR (最安値5万円くらい)

ですが,ぼくだったら DX ズームレンズの 18-105mm のほうが写りがよいと確信しています.
24-85mm のほうは,中央は引けを取らないくらいきれいなのですが,周辺が燦々たるものなのです.
例としては以上なのですが,極端な価格差がなければ,基本的に DX レンズのほうが写りそのものは良好だと思います.
FX は DX に比べセンサーが大きく,撮像域が広いために,レンズの端々まで大きく作り,しかもその端まで一定の写りを保証する必要があります.しかし,DX レンズの場合はそこまでシビアな設計が要求されていないため,安価にレンズ面全域で良好な写りを実現することができるのだと思います.
そんなこんなで,FX に移行して,ほぼ唯一ガッカリしたのは,値段の割にズームレンズ性能が良くないということでした.
単焦点は比較的無理のない設計にできるんで,話は別かな.

現代ではレンズよりボディ

どれくらい昔からかと言われれば困るのですが(平安時代くらいでしょうか?),いにしえより「レンズは資産.ボディは消耗品」と言われております.いやあ,まったくその通りだとぼくも感じています.
ですが,言葉はそのままですが,古代と現代では意味が全く違うような気がしています.
元々の意味は「ボディはフィルム感光を制御するための道具でしかなく,フィルムさえしっかりしていれば,あとはレンズの性能がものを言う」なのだと思っています.だとすれば,写りの大半はレンズに起因するので,ボディより資産価値の落ちないレンズいいの買え,というのはわからんではないです*1
では,現代ではどうかというと,私見ながら「レンズよりもボディ性能で写りが変わるため,良いボディが出たら消耗品の如く積極的に買い換えるべき」と捉えるのが正しいのではないかと思っています.つまり,フィルムじゃないんだから,ボディの性能が写りに大きく影響を与えているということですね.
これは D7000 から D750 に移ったときに実感しました.はっきり言って,同じレンズ使ってると思えないくらい写りが良くなったわけです.

まとめると,フィルム時代と違いデジタル時代ではボディに写りの重要度が移ったと感じているわけです.
このへんは,あまり DX だとか FX だとかは関係なくて,時代的に後のものを選ぶべし.

何を言いたいか

  • DX だからって馬鹿にできない.少なくともズームは DX のほうが安価に質の良いものを買える.
  • デジタル時代はボディが写りに大きな影響を与えるので,ホイホイ買い直すほうが幸せになれるかもしれない.

ま,ズームレンズを dis ってるだけなのかもしれません.

*1:レンズは資産価値が落ちないのは写りのせいだけでなく,まにあがいるせいな気もしますが.